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「私もこれで元は法律書生でしてね。司法官か弁護士試験でも受けるつもりで、神田の私立大学に通つていたもんです」
「なあに、後から来るのんはほんの擦かすり傷みたいなもんやから、大事ありません。――時にせんせい、何んぼ差上げたらえゝでせう?」
「心臓は多少弱つているが、大したことはない。――いゝかね、あんたの身体はもともと丈夫な身体だ。ようく診たがどこも悪くはない」
練吉は今更のやうに、あらためて房一の様子を、その新調の自転車や医者らしい鞄などに目をやつた。すると、それらは今新しく練吉の前に彼の持物と同じものを感じさせ、更に、今まで耳にしていたものの、つひぞ気にもとめずにいた医師高間房一といふ人物がそこに忽然と姿を現しているのをいやでも見なければならぬと感じさせた。それは何故かどこかで練吉の自負心を傷つけ気を苛立たせるものだつた。
「往診?ふむ、ふむ」
と、下の男は睨み上げた。
そんな風におぼえていてくれるとは思ひがけなかつた。
「あれですよ。半之丞の子と言うのは。」
「さやうで御座りますか。お忙しいところを御苦労さまで」
「うむ、さうか。玄関のことか」
「血圧は少し下つたしね」
ふたたび相手の鞄にちらりと目をやりながら、練吉は半ば信じない風に訊いた。